障がい者グループホームなどの福祉施設において、利用者の方が何らかのきっかけで他の人を叩いたり、自分の身体を叩きつける行為が起こることも少なくはありません。
被害を増やさないようにやむを得ず、安全確保のために身体拘束や行動制限を行わなければならない場面があります。
そのときに、自分自身の行動が利用者の方に対する人権侵害、虐待に値するのではないかと悩むスタッフも多いようです。
そこで本記事では、障がい者の方に対する身体拘束と虐待防止について解説します。
福祉施設における身体拘束とは?
障害を持つ方が利用する障がい者グループホームなどの福祉施設では、やむを得ずに身体拘束や行動制限を行うことも少なくはありません。
こういった状況に遭遇したときに、施設のスタッフの対応が利用者の人権に触れることになりかねないため、福祉施設における身体拘束について理解が必要です。
障がい者虐待防止法において、身体拘束とは「正当な理由なく障がい者の身体を拘束すること」と身体的虐待に当てはまる行為とされています。
つまり、緊急時にやむを得ない場合を除き、身体拘束を禁止とする法律です。
やむを得ない状況とは、たとえば、利用者の方が他の人を叩きつける行為などを行った場合になります。
ただし、本人と家族やスタッフの同意を得たうえで、身体拘束を行う必要性を判断したときに限るため、責任者は厚生労働省が定めたルールを把握しなければなりません。
一歩間違えれば、利用者の方の人権侵害のリスクがあるため、慎重に判断する必要があります。
<出典:厚生労働省>
福祉施設の身体拘束等の禁止
福祉施設において身体拘束等は原則禁止です。ただし、緊急時は本人や家族に充分な説明を行った場合に適切な行動制限を行うことは可能とされています。
厚生労働省が定める身体拘束に関する基準省令第48条の内容は、以下のとおりです。
「指定障がい者支援施設等は、施設障害福祉サービスの提供に当たっては、利用者または他の利用者の生命または身体を保護するため緊急やむを得ない場合を除き、身体的拘束その他利用者の行動を制限する行為を行ってはならない」
「指定障害者支援施設等は、やむを得ず身体拘束等を行う場合には、その態様及び時間、その際の利用者の心身の状況並びに緊急やむを得ない理由その他必要な事項を記録しなければならない」
上記の内容にもあるとおり、身体拘束を行った場合は、詳細を記録する義務が明記されています。
福祉施設で働くスタッフ全員に共有し、万が一のときのために施設内で対応方法を決めることが必要です。
身体拘束の禁止事例
身体拘束を行わなければならない状況に立ち会う可能性が高い施設スタッフは、禁止行為も把握しておく必要があります。
高齢者が利用する介護施設でも同様の禁止事例が挙げられているため、障がい者施設においても禁止対象です。
介護保険指定基準における身体拘束の禁止事例は、以下のとおりになります。
- 徘徊しないように、車いすやいす、ベッドに体幹や四肢をひも等で縛る。
- 転落しないように、ベッドに体幹や四肢をひも等で縛る。
- 自分で降りられないように、ベッドを柵(サイドレール)で囲む。
- 点滴・経管栄養等のチューブを抜かないように、四肢をひも等で縛る。
- 点滴・経管栄養等のチューブを抜かないように、または皮膚をかきむしらないように、手指の機能を制限するミトン型の手袋等をつける。
- 車いすやいすからずり落ちたり、立ち上がったりしないように、Y字型拘束帯や腰ベルト、車いすテーブルをつける。
- 立ち上がる能力のある人の立ち上がりを妨げるようないすを使用する。
- 脱衣やおむつはずしを制限するために、介護衣(つなぎ服)を着せる。
- 他人への迷惑行為を防ぐために、ベッドなどに体幹や四肢をひも等で縛る。
- 行動を落ち着かせるために、向精神薬を過剰に服用させる。
- 自分の意思で開けることのできない居室等に隔離する。
<出典:厚生労働省>
やむを得ず身体拘束を行う場合の対応
利用者の方が何らかの理由で、暴れたり、騒いだりすることで本人の生命保護や、周囲への影響を最小限にするために、施設スタッフは適切な対応が必要です。
具体的には、以下の対応を行います。
- 身体拘束の3つの要件を確認する
- 身体拘束のルールや手続きを整理する
- 身体拘束を行った場合は記録する
- 本人と家族への説明と同意書の作成
上記の対応について、詳細を解説していきます。
身体拘束の3つの要件を確認する
身体拘束を行う前に、以下の3つの要件を確認しなければなりません。
- 切迫性
- 非代替性
- 一時性
これら3つの要件を満たしたときに初めて身体拘束を行います。
切迫性
身体拘束における切迫性とは、利用者本人または他の利用者などの生命、身体、権利が危険にさらされる可能性が高いことです。
切迫性を判断する場合は、身体拘束を行うことで本人の日常生活に影響を与えることに配慮しなければなりません。
身体拘束は、本人の人権を尊重するために必要な程度に収めることが重要です。
非代替性
非代替性とは、身体拘束や他の行動制限を行うこと以外に代わる対応方法がないことです。
非代替性を判断する場合は、いきなり身体拘束を行わずに他に代替可能な方法を検討し、利用者本人の生命・身体保護を目的に複数のスタッフで確認する必要があります。
本人にとって、適切な制限が少ない方法を選択しなければなりません。
一時性
一時性とは身体拘束において、一時的な行動制限のことです。
一時性を判断する際は、利用者本人の状態に応じて適切な拘束時間を想定しなければなりません。
拘束時間は必要最低限の短時間であることが重要です。
身体拘束のルールや手続きを整理する
福祉施設内では、身体拘束をせざる得ない状況になる可能性があるため、身体拘束のルールや手続きを整理しておく必要があります。
個別支援会議において、管理者やサービス管理責任者など利用者の支援方針に権限を持つスタッフが出席することが重要です。
また、スタッフ個人ではなく、施設全体の問題として判断する際のルールの確立が必要になります。
身体拘束を実施している間も、3つの要件に該当しているかどうかを観察しなければなりません。
身体拘束を行った場合は記録する
福祉施設において、やむを得ずに身体拘束を行った場合は、態様や時間、利用者本人の心身状況、理由を記録する義務があります。
その記録は、施設スタッフと家族に情報共有が必要です。また、施設内の会議で、身体拘束の原因や解消に向けた改善策を決定するための重要な材料になります。
厚生労働省が定めている「障がい者の日常生活および社会生活を総合的に支援するための法律に基づく指定障がい者支援施設等の人員、設備および運営に関する基準」において、必要な記録がない場合は、運営基準違反に問われるので、注意が必要です。
<出典:厚生労働省>
本人と家族への説明と同意書の作成
身体拘束を行う場合は、利用者本人や家族に説明と同意が必要です。
もし、やむを得ない状況に該当すると、施設長の指示に基づいて、利用者の方の家族や成年後見人と面談を実施します。同意書には家族、医師、施設長の署名が必要です。
利用者本人の状態変化による変更の場合においても、同様の手続きを行わなければなりません。
身体拘束における行動制限
障がい者支援施設において、利用者の方に対する身体拘束により、一時的に行動制限をせざるを得ない状況は避けられません。
特に利用者の方が他の人を叩いたり、自分の顔を強く叩きつける行為があった場合は、慎重な判断のもとで身体拘束が必要になります。
運営側は、こういった行動障害に対する知識や対応方法がわからないスタッフが誤って、虐待に繋がる行動制限に頼ってしまう事態になることを想定しなければなりません。
問題行動と捉えてしまうと、身体的虐待に該当するような行動制限を繰り返すことで、利用者の方に恐怖を与えてしまう可能性があります。
施設の運営側は、利用者の方に誤った行動制限を行わないように、スタッフ全員で対応方法や支援技術を高めることが大切です。
障がい者に対する虐待とは?
障がい者の方に対する虐待は、必ずしも特別に雰囲気が悪い施設で起こるわけではなく、むしろ優良企業と呼ばれている会社や、高評価を得ている施設でもあります。
誰にでもミスはありますが、なかにはストレスが溜まっていたり、利用者の方の行動障害に振り回されるスタッフは多いようです。
こういった状況は、どこの福祉施設でも起こり得ることですが、スタッフの度の超えた対応で利用者の方を傷つけている可能性もあります。
また、傷つけられても黙っている利用者の方もいるため、現場では虐待と認識されない事態になりかねません。
実際に、福祉施設で働くスタッフが虐待するはずがないという先入観を持つ方が意外と多いので、少しでも怪しいと思うことがあれば虐待を疑うことも大切です。
虐待の種類
仮に、虐待を受けていても認知が困難な障がい者の方にとっては、周囲に訴えることさえできない状況になりかねません。
虐待を防止するためには、施設で働くスタッフ全員が虐待について知る必要があります。
気づかないうちに、虐待が長期化してしまい、深刻な状況に陥る可能性もあるため、特徴を把握しておくことが大切です。
身体的虐待 |
暴力や体罰によって身体に傷やあざ、痛みを与える行為。身体を縛りつけたり、過剰な投薬によって身体の動きを抑制する行為。 |
心理的虐待 |
脅し、侮辱などの言葉や態度、無視、嫌がらせなどによって精神的苦痛を与えること。 |
性的虐待 | 本人が同意していない性的な行為やその強要。 |
経済的虐待 | 本人の同意なしに財産や年金、賃金を搾取したり、勝手に運用し、本人が希望する金銭の使用を理由なく制限すること。 |
ネグレクト | 食事や排せつ、入浴、洗濯など身辺の世話や介助をしない、必要な福祉サービスや医療、教育を受けさせないことによって本人の生活環境や身体・精神的状態を悪化させること。 |
<出典:厚生労働省>
福祉施設における虐待防止の具体策
福祉施設における虐待防止の具体策は、以下の6つです。
- 利用者の個性を尊重する
- 利用者を中心とした理念にする
- 自己チェックを行う
- 虐待防止のための組織づくり
- 虐待防止のマニュアル作成
- ヒヤリハット事例を活かす
それぞれ詳しく説明していきます。
利用者の個性を尊重する
利用者一人ひとりが持つ障害は多種多様であるため、サービス提供者は本人の個性として尊重することが大切です。
福祉サービスにおいて、スタッフと利用者は常に対等な関係であることを社会福祉事業法で定められてます。
<出典:厚生労働省>
利用者を中心とした理念にする
福祉サービスは施設側が提供するため、施設中心的な考え方になりがちですが、利用者本人を中心とした理念にするべきとされています。
福祉施設はスタッフや家族のために存在するのではなく、利用者中心に関係者のために運営されるべきです。
福祉施設のあるべき姿を追い求めるのではなく、利用者本人の将来的な自立を目的に、個別支援に注力しなければなりません。
自己チェックを行う
福祉施設のスタッフは、最初から虐待するつもりで働いていることはないでしょう。むしろ、社会貢献として良心的な理由であることがほとんどです。
しかし、施設内の人手不足によるストレスや専門知識が少ないと、利用者の方の行動障害への対応方法がわからずに虐待に発展するケースもあります。
不満のはけ口として、利用者に強く当たってしまい、スタッフ本人もどうしたらいいのかわからない状況で苦しんでいるかもしれません。
虐待を防止するためには、虐待が発生する要因を深く分析する必要があります。施設スタッフは、日常的に自己チェック表で今の状態を確認することが必要です。
虐待防止のための組織づくり
虐待防止のためには、職場の雰囲気や勤務体制を整えることが大切です。
福祉サービスは、基本的にスタッフから利用者本人に支援する形で提供されるため、スタッフの質の向上が求められています。
具体的には、コミュニケーションを良好な状態に保つことや、メンタルケアによる不満やストレス解消、休暇が取りやすい労働環境に整えることです。
また、障害に関する知識を学ぶ機会を積極的に増やすことで、行動障害への対応方法や虐待防止に繋がります。
管理者は常に現場の声を汲み取る姿勢が必要です。
虐待防止のマニュアル作成
虐待を未然に防ぐためには、適切な支援手順をマニュアル化することが必要です。
たとえば、行動障害の特徴や傾向を明記しておくことで、迅速に対応ができるメリットがあります。
虐待の要因には、スタッフに必ず何かしらの事情があるため、マニュアルに依存しすぎないことも大切です。
ヒヤリハット事例を活かす
ヒヤリハットとは、重大な被害に直結する一歩手前の出来事のことです。1つの虐待には、表面化しない虐待が多く潜んでいるという法則ともいわれています。
表面的なヒヤリハット事例では、スタッフへの注意や処分だけに留まってしまい、根本的な改善策とはいえません。
最悪な事態を避けるためには、利用者ごとの個別支援に移行することが重要です。具体的には、サービスの質の向上に向けた取り組みが必要になります。
過去のヒヤリハット事例を参考に、虐待の未然防止に繋げることがポイントです。
福祉施設スタッフの労働環境対策
過剰な身体拘束や虐待の要因の1つにスタッフの不満があります。福祉サービスはスタッフがいなければ成立しないため、労働環境を整えることが重要です。
以下の3つの対策が必要になります。
- 日常的にコミュニケーションを欠かさない
- 人的配置に配慮する
- 禁止行為・処分・罰則の明確化
1つずつ解説していきます。
日常的にコミュニケーションを欠かさない
福祉施設で働くスタッフは特に、日常的に人と密接する機会が多いため、ストレスを溜めたり、精神状態が不安定になりがちです。
利用者の方の話に集中ができなくなり、立場を無視した言動になることも少なくはありません。
こういったことを避けるために、スタッフ同士で気楽に会話ができる関係性を築くことや、メンタルヘルスの支援が必要です。
スタッフが孤独になり、置き去りにされてしまうと利用者の方に対する不満が虐待という形になる可能性があるため、最低でも月に1度は面談する機会を設けることで未然防止になります。
人的配置に配慮する
福祉施設において、人的配置を行う際に雇用形態ごとに区別した呼び方をしないことが大切です。
たとえば、雇用上では「パート」「アルバイト」であっても、同じ施設で働くスタッフとして平等に名前で呼び合うといった配慮することで、身分の差を感じさせないことも必要になります。
どの仕事においても同じですが、スタッフ全員の協力がなければ、人的配置が回らなくなることを常に意識しておくことが重要です。
禁止行為・処分・罰則の明確化
過剰な身体拘束による行動制限や虐待を防止するためには、禁止行為や処分、罰則の明確化が必要です。
ほとんどの福祉施設では、罰則規定が明確である場合が多いですが、スタッフに対する評価内容が不透明で人事考課が機能していないことがあります。
評価基準をスタッフに共有することで、仕事に対するモチベーションの向上や不満を最小限に抑えることが可能です。
まとめ
本記事では、福祉施設における身体拘束の禁止と虐待防止について解説しました。
施設で働くスタッフにとっては、日常的に起こり得る出来事だからこそ、適切な対応方法をしっかりと理解する必要があります。
また、見えないところで利用者の方に対する虐待が行われている可能性もあるため、運営側はスタッフのメンタルケアや労働環境を整えることが大切です。
利用者本人が中心となる経営理念のもとで、福祉サービスを提供することを意識しましょう。